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がくがくと私は震えた。どういう意味だろう、刀は本能的にこわい。之でとうしろというのだろうか、とまどっている私に
「分るだろう、事ある時に死ぬ覚悟があるかと云うことだ」
彼は言った。其の時私は、何故か乃木希典の夫人を思った。明治天皇に殉じた夫のかたえに、死をともにした賢夫人のこと、私にそんな勇気があるだろうか、こわい、こわい、とってもこわい。しかし私は何故だかその刀を受け取らねばならぬような、切羽つまった気持ちになっていた。そんな事は先ずあるまい、しかしそんな日が来たらどうする。うらはらな気持ちがぐらぐらと揺れていた。
「今なら、受取らず帰ってもよい」
彼は沈んだ声で云った。其の時、思わず私は刀を受け取っていた。
「よし」
彼は満足気に頷くと、それでは、刀はお前が持って置け、と言い、菓子鉢からまんじゅうを取り出すと、私に食えとくれた。私はとても空腹だったけれど、それは砂を喘む様に、味が無く口の中はからからに乾いていた。