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「直角三角形の斜辺を一辺とする正方形の面積は、他の二辺を一辺とする正方形の面積の和に等し」
ピタゴラスの定理はこんなものだった。私は一生懸命に解いた。かなり廻りくどい解き方をした。汗をかいて、やっと解いた。主人は早々に解いて私の手許を見ている。
「まあ、いーや」用紙を見ながら、そう言って、フーンと笑った。
知らない者同志の生活が、ギクシャクしながら、お互を知りたいと思いながら、一ヶ月近くが過ぎていった。或る時、主人が言った。
「猫をかぶるなら、一生涯かぶり通せ、でなかったら早くすべてぬぎ捨てろ」
私は別に猫などかぶっていないから、オヤと思った。とすれば、主人は私が猫をかぶっていると見ているだろうか。私だって少しはよく見せている部分があるかも知れないが、この分でいったら、私は個性のない人形のような、たゞ主人に従ってゆく様な気がして恐ろしい。夫婦というものは、助け合って、お互を補いあって行かねばならぬ気がする。之でいいのだろうか、そんなおぼろ気な主人に対する心が何処かに培われていた。
そんな時、私の心をひどく傷つけ、逆なでする様な事を主人が言った。