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夕方、防空演習から帰って来ると、主人はもう帰っていて、私の持っている六尺棒を見ると、頭から「バカ!!」と呶驚った。キョトンとして私は、思はず主人を見た。
「一体、何だと思っているんだ、大先生から戴いた大事な棒なんだゾ」
そこで私はえらい事をしたと思った。呆れ顔の主人と棒を交互に見くらべて、どうしていいか分らない気持ちだった。
空手の話を主人から聞いたのは、其の時が始めてであった。そう言へば、仲人が挙をかためて、畳の上をコツンと叩いて、「茂さんは、これが強かっですタイ」と言ったことを思いだした。其の時は何のことだろうと思ったけれど、すっかり忘れてしまっていた。
棒は空手の稽古になくてはならぬもの、巻藁は、挙を強くする為の道具、毎晩出かけるのは、松濤館という目白の空手道場。其処に大先生と、若先生がいらっしゃって、各大学の卒業生や、学生、それに一般の人達も稽古に来る。と、あらまし説明してくれた。
全く、夫の趣味も何も知らず結婚した私は、迂闊であった。