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弟子志願が続々と現れた。可愛いい幼稚園生もいる。小学生もいる。中学生も聞きづてに三、四人魚屋のあんちゃんも来た。
何しろ、八畳と六畳の二間だから狭いことおびただしい。空手というものを、殆ど誰も知らなかったから、主人は彼等を集めて、その由来を教える。 護身の術なのだよ。喧嘩の為のものじゃないんだぞ。と、弟子達は美しい瞳を向けて、一生懸命聞いているのだ。もともと、主人は松蔭を尊敬していた人で、一人から一人へと、まともな人間が育って行くことを常に望んでいた。
弟子の親は、そんな危険な武道はよせ、と連れに帰る者もあった。当時、空手使いは、誓察のブラックリストに載っているのだと、噂された。しかし連れ戻された子も、又何時か顔を出して来た。こぶしの握り方、騎馬立ち、突き、蹴り、やさしく、すこしづつ教えた。ほんの初歩の稽古が終わると、あとは一同車座になって主人の話を聞いた。何しろ、天才的に話術のうまい人だったから、面白がって、誰一人帰ろうと腰をあげる人は居なかった。時計を見上げて、明日の学業や仕事に差し支えない様に帰した。それから風呂に入り、ぐったりと主人は寝てしまう。
東京を出発して、もう四ヶ月近くにはなっていただろうか。