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昭和三十九年は、正威が高校に進学するので、私は少なからず心を痛めた。
成績は徐々に上向いては来ているけれど、上の二人の子と異なってあまり香しくない。経済的には大変だが私立高校を考えてやらねばなるまい。学校から配られた「高校受験案内」を広げて主人に相談すると、「そんな事、俺に相談してくれるな」と、にべもない。あなたも親なんでしょと出かかるのを我慢して噴を向く主人をにらみつけていた。
然し、まあなるようになるさと例の図太い神経でそのくせ毎日、毎日その事で悩んで過ごした。
父兄会の日、担任の先生か彼の志望校を都立では其処はむつかしいでしょうと言われた。ランクを一つ下げて受けさせて下さい、と言う事であった。御主人にもよく相談なさってと言われたが、主人はそんな風なので正威に言いきかせても絶対に嫌だと言う。とうとう受験票を出す日が来てしまった。言ってもきかないから「どうぞ合格出来ますように」と、先生は言いながら内申書を封筒に入れてくれた。
私立は合格したので、不本意ながら入学金を払い込んで、一先ずほっとした。ところが、思いがけなく都立にも合格出来て、ヘェーと彼を見直したが正威は相変わらず無口で、ニヤリとした。
一先ず目出度し、目出度しと何か肩の荷がおりた様にホッとした。
そう、彼だってやれは出来る。もっと自信を持って行きなさい。心の中でそう励まし、それより何よりお金がかからなくて嬉しい。そうなると先に納めた私立の入学金がいやに惜しいと思われる。
之で来年尚志の就職と、仁士の大学受験まで一息つける。之からは尚志と仁士が、正威の家庭教師になってくれる。尚志から国語と英語、仁土から数学と理科、こんな手近に家庭教師が居るのだけれど学校へ行き度くない。とすねた小学校時代の怖れが私に何時迄も影を引いている。