『遊天荘』の復興・維持を行いながら、武道や空手道を通じた江上茂の教えを後世に伝えます

君影草 完全版 第4章 第2話 『各支部の擁立』

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昭和五十三年の春、学習院大学を卒業した堀一夫さんは、故郷の別府に帰っていった。彼は、戦争で父君を亡されたので、お母さんの許で、銀行に勤務する事になった。在学中から、卒業したら九州に帰ると云っていた。

小粒で才気渙発なところがあって、空手部では主将の山田荘一郎さんを援けてマネージャーであった。

この二人のコンビは絶妙で、面白かった。似非不良の山田さんは、よく主人を困らせた。なにしろぼんぼん育ちだから恐いものが無かったのであろう。

この年代の頃の部員は、よく主人に難題をふきかけて、主人を攻撃することがあったが、根がいゝ人達ばかりだから、むしろ主人は頼もしくも、面白くも感じたのであろう。

時々いたずらがバレたりすると、主人はよく
 「こら!!堀」
と、笑いながら睨む。堀さんは首をすくめて、山田さんの陰にかくれていたづらそうな目をした。

大分市には、昭和三十五年に学習院大学卒の空手部員だった後藤正和さんがいた。彼は、「九州の虎」と、自己紹介をした白哲の青年であった。生れ年も寅であったのだろう。彼は大分の紳士服の専門店の経営者でもあった。堀さんは、後藤さんの子分で、「九州の小虎」と自称していた。

堀さんは、九州に帰ると、後藤さんと語らって、空手道大分支部を創立した。間もなく主人も招かれて、稽古を見に行く様になった。

まだ大分市から近い小さな大分空港にプロペラ機が発着している頃である。

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