『遊天荘』の復興・維持を行いながら、武道や空手道を通じた江上茂の教えを後世に伝えます

君影草 完全版 第4章 第4話 『罹災後の三ヶ月』

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主人の父と天草にて

思いやり、という言葉を、私は火事にあってからしみじみ感じる様になった。

思わぬ人々の情に、立ち直れない程打ちのめされていながら、もう一度という勇気が湧いて来たのも、人々の思いやりのお蔭であった。

地主に頼んで土地は確保出来たけれど、さて気が付いたらやはり先立つものはお金であった。何とかしなければと思うけれど、そのめどは全くついていない。ままよ、なる様になるさ、とも思う。主人は、なる様にするのだ、と云う。考えても今は詮ない事、いづれ時が解決するであろう。

井上家の方々は、暖かく迎えて下さった。悦子さんの父上は、美味しいお食事に連れて行って私を慰さめて下さった。丁度同窓会があるという事で、御夫婦で箱根に出かけられたが、折角、その日の為に新調なさった和服を、すっかり焼いてしまった私が見たら悲しむだろうと、洋服を着て出かけられたそうだ。私こそお気の毒な事をした、と申しわけなく思っている。

二泊させて戴いて、文京区の日本医大に送ってもらう。小川さんの奥さんの悦子さんが、朝となく夕となく世話を焼いてくれる。

娘さんですか?お嫁さんですか?と聞かれる。ういういしく、本当に心から優しいひとだから、世話して貰う私が皆から羨ましがられる。

主人とは、正午十二時を合図に私から電話する事にした。主人の方からは掛けられないから、そうするより仕方が無いのだが、きっちり十二時に電話して病気の状態や、火事場のあと片付けの事など状況を話し合った。主人も、やはり随分疲れている様子で、二階にトイレが無いから階下に降りて用を足すのはつらいと言った。正威が付いていろいろ世話をしているらしく、又誰彼が来て御飯は食べさせて貰っていると言った。当分見舞に行ってはやれない、との事で私もさもあろう、といろいろの検査を受けてその都度報告した。病院の方にも、よくお見舞い来て貰ったので、淋しくはなかったし、洗濯も悦子さんがしてくれるので有難かった。検査も一日に一回か二回、病院てこんなものかと驚く程であった。

さっさと検査してくれゝば、一週間もかからないだろうに、と思いながら急激な異変に疲れ果てた身体には、どれ程休養になったことか。

花も絶えない程戴いたし、お見舞の金品も、申し訳ない程集まった。

半月もたった頃、学習院の三沢さんに連れられて主人が見舞に来てくれた。げっそりと亦痩せて、如何にもつらそうであった。

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