『遊天荘』の復興・維持を行いながら、武道や空手道を通じた江上茂の教えを後世に伝えます

君影草 完全版 第4章 第13話 『昼間さん帰国』

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昼間さん

昼間厚雄さんがスペインから帰って来るという。昭和四十二年、東急道場が閉鎖されてから六、七年たっている。当時の大勢だった門人は、散り散りになり大方の消息は次第に分からなくなっていった。

僅かに残った人達が、東急道場の看板を守って、宇佐美さん、小黒さん、浜田さん、阿久津さんの他少人数が、これと言った道場も無いままに、多摩川河畔などで稽古を続けていた。

昼間さんは、一体何処へ行ってしまったのだろう。消息も無いままに数年がたっていた頃、突然一枚の結婚写真と、揺りかごの可愛いいベビーのそれを添えて、簡単な便りが届いた。スペインのマドリードに住んでいると云う。スペインの女性と結婚して、女の子が産まれたとあった。

ヘェ!! と驚きと、珍しさにまじまじと写真を眺めた。

あの人がねえ、人って分からないものですよね、などと私が言うのを主人はさもおかしそうに聞いていた。

大学を出てすぐブラジルに渡航するつもりで壮行会をしてもらって手続一切を済ませ、あとは父の印を(保証人)貰えば出発出来る筈だったのだが、意外に父母の反対にあいとうとう挫折する事になった口惜しさを、主人はずっと言い続けて来たから、昼間さんの勇気は主人の嘉(よみ)するところで、やった!! と思ったに違いない。

昼間さんは、文章を書く事がきらいと見えて、あっさりした手紙であった。この国では、まだ空手は認められていないので、学校に入学して仲間づくりをし、賛同者があれば人を募って、徐々に展げて行くという様子であった。男のロマンの様なものを感じて、
「なかなかやるじゃないか」
と、主人は喜んだ。こうして久しぶりに昼間さんとの間に「スペイン通信」が始まった。

暫くして、やっと空手が認められたので、小さな道場を開いたとの便りがあった。主人は、原田さんや、村上さんと連絡を取りあって、ヨーロッパの一拠点にする様にと、それぞれに書簡を送った。

そして昼間さんは帰って来た。彼は美青年で、もう三十才は越えている筈だけれど、ヨーロッパの流行を身に付けてなかなかのものであった。新しい地域で空手の同志を集めることは、日本でもなかなか大変な事、まして言葉の通じない外国で、しかもまだ知られていない空手を展げるのは、至難のわざであったろう。

未知のものに対する興味が、魅力になったのか、ぼつぼつ門人も増えているという。

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